高志の大蛇を退治した素戔嗚は、櫛名田姫を娶ると同時に、足名椎が治めてゐた部落の長となる事になつた。足名椎は彼等夫婦の為に、出雲の須賀へ八広殿を建てた。宮は千木が天雲に隠れる程大きな建築であつた。彼は新しい妻と共に、静な朝夕を送り始めた。風の声も浪の水沫も、或は夜空の星の光も今は再彼を誘つて、広漠とした太古の天地に、さまよはせる事は出来なくなつた。既に父とならうとしてゐた彼は、この宮の太い棟木の下に、――赤と白とに狩の図を描いた、彼の部屋の四壁の内に、高天原の国が与へなかつた炉辺の幸福を見出したのであつた。
雨降りの午後、今年中学を卒業した洋一は、二階の机に背を円くしながら、北原白秋風の歌を作っていた。すると「おい」と云う父の声が、突然彼の耳を驚かした。彼は倉皇と振り返る暇にも、ちょうどそこにあった辞書の下に、歌稿を隠す事を忘れなかった。が、幸い父の賢造は、夏外套をひっかけたまま、うす暗い梯子の上り口へ胸まで覗かせているだけだった。「どうもお律の容態が思わしくないから、慎太郎の所へ電報を打ってくれ。」「そんなに悪いの?」洋一は思わず大きな声を出した。
十回,清光绪三十二年(1906)群学社刊行。作者符霖,生平事迹不详。此书出版时标“哀情小说”。作者主旨言情,批评传统的“父母之命,媒妁之言”给青年男女造成爱情悲剧的罪过。小说作者把悲剧的原因归结到封建婚姻制度的束缚,以切肤之痛控诉其罪恶。这在当时是有一定积极意义的。对义和团运动,由于作者不理解,难免有诋毁之词,这也是当时普通文人常有的局限。在表现手法上,全书用第一人称叙事,令人觉得作者就是在写自己的一段不堪回首的痛苦经历,口气哀怨凄婉,造成了笼罩全书的悲剧气氛,比较感人。虽书中明确说《禽海石》小说是秦如华据自身经历写成的,但此亦小说家言,未可尽信,不能把小说人物秦如华和本书作者符霖之间画上等号。