永井荷風の長編小説。1916年(大正5)8月から17年10月雑誌『文明』に連載、のち私家版50部限定として刊行(十里香館刊、17年12月の日付、実際は翌年1月)。荷風中期の代表作で、大正初めの新橋花柳(かりゅう)界を舞台とする「花柳小説」。尾花家(おばなや)の抱え駒代(こまよ)は実業家吉岡を旦那(だんな)にしているが、人気役者瀬川一糸に夢中になり、吉岡はその報復に菊千代を落籍し、また姐(ねえ)さん芸者力次は芸者あがりの君竜をそそのかして一糸を奪わせる。当世的な金と色と意地の腕くらべであるが、時勢おくれの尾花家の亭主と老妓(ろうぎ)、旧派の文学者南巣(なんそう)らの設定は、それらを相対化している。エロティックな描写を含むが、季節の推移と融(と)け込んだ年中行事や風俗の描出に別趣の詩的な味わいがある。