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或阿呆の一生

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二十三 彼女

或広場の前は暮れかかつてゐた。彼はやや熱のある体にこの広場を歩いて行つた。大きいビルデイングは幾むねもかすかに銀色に澄んだ空に窓々の電燈をきらめかせてゐた。

彼は道ばたに足を止め、彼女の来るのを待つことにした。五分ばかりたつた後、彼女は何かやつれたやうに彼の方へ歩み寄つた。が、彼の顔を見ると、「疲れたわ」と言つて頬笑んだりした。彼等は肩を並べながら、薄明うすあかるい広場を歩いて行つた。それは彼等には始めてだつた。彼は彼女と一しよにゐる為には何を捨ててもい気もちだつた。

彼等の自動車に乗つた後、彼女はぢつと彼の顔を見つめ、「あなたは後悔なさらない?」と言つた。彼はきつぱり「後悔しない」と答へた。彼女は彼の手をおさへ、「あたしは後悔しないけれども」と言つた。彼女の顔はかう云ふ時にも月の光の中にゐるやうだつた。

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二十三 彼女