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或阿呆の一生

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十一 夜明け

夜は次第に明けて行つた。彼はいつか或町の角に広い市場を見渡してゐた。市場にむらがつた人々や車はいづれも薔薇ばら色に染まり出した。

彼は一本の巻煙草に火をつけ、静かに市場の中へ進んで行つた。するとか細い黒犬が一匹、いきなり彼に吠えかかつた。が、彼は驚かなかつた。のみならずその犬さへ愛してゐた。

市場のまん中には篠懸すずかけが一本、四方へ枝をひろげてゐた。彼はその根もとに立ち、枝越しに高い空を見上げた。空には丁度彼の真上に星が一つ輝いてゐた。

それは彼の二十五の年、――先生に会つた三月目だつた。

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十一 夜明け