或阿呆の一生在线阅读

或阿呆の一生

Txt下载

移动设备扫码阅读

九 死体

死体は皆親指に針金のついた札をぶら下げてゐた。その又札は名前だの年齢だのを記してゐた。彼の友だちは腰をかがめ、器用にメスを動かしながら、或死体の顔の皮をぎはじめた。皮の下に広がつてゐるのは美しい黄いろの脂肪だつた。

彼はその死体を眺めてゐた。それは彼には或短篇を、――王朝時代に背景を求めた或短篇を仕上げる為に必要だつたのに違ひなかつた。が、腐敗したあんずの匂に近い死体の臭気は不快だつた。彼の友だちは眉間みけんをひそめ、静かにメスを動かして行つた。

「この頃は死体も不足してね。」

彼の友だちはかう言つてゐた。すると彼はいつの間にか彼の答を用意してゐた。――「おれは死体に不足すれば、何の悪意もなしに人殺しをするがね。」しかし勿論彼の答は心の中にあつただけだつた。

2.48%
九 死体