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河童

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一六

僕はこういう記事を読んだのち、だんだんこの国にいることも憂鬱ゆううつになってきましたから、どうか我々人間の国へ帰ることにしたいと思いました。しかしいくらさがして歩いても、僕の落ちた穴は見つかりません。そのうちにあのバッグという漁夫りょうしの河童の話には、なんでもこの国のまちはずれにある年をとった河童が一匹、本を読んだり、ふえを吹いたり、静かに暮らしているということです。僕はこの河童に尋ねてみれば、あるいはこの国を逃げ出すみちもわかりはしないかと思いましたから、さっそく街はずれへ出かけてゆきました。しかしそこへ行ってみると、いかにも小さい家の中に年をとった河童どころか、頭の皿も固まらない、やっと十二三の河童が一匹、悠々ゆうゆうと笛を吹いていました。僕はもちろん間違まちがった家へはいったではないかと思いました。が、念のために名をきいてみると、やはりバッグの教えてくれた年よりの河童に違いないのです。

「しかしあなたは子どものようですが……」

年をとった河童は水々しい目にじっと僕の顔を見つめました。それからやっとからだを起こし、部屋へやすみへ歩み寄ると、天井からそこに下がっていた一本のつなを引きました。すると今まで気のつかなかった天窓が一つ開きました。そのまたまるい天窓の外には松やひのきが枝を張った向こうに大空が青あおと晴れ渡っています。いや、大きいやじりに似たやりたけの峯もそびえています。僕は飛行機を見た子どものように実際飛び上がって喜びました。

年をとった河童は僕の顔を見ながら、静かにこう返事をしました。

年をとった河童はこう言いながら、さっきの綱を指さしました。今まで僕の綱と思っていたのは実は綱梯子つなばしごにできていたのです。

僕はしばらくこの河童かっぱと自殺したトックの話だの毎日医者に見てもらっているゲエルの話だのをしていました。が、なぜか年をとった河童はあまり僕の話などに興味のないような顔をしていました。

僕はこの答えを聞いた時になぜか身の毛がよだちました。

僕は部屋へやの中を見まわしました。そこには僕の気のせいか、質素な椅子いすやテエブルの間に何か清らかな幸福が漂っているように見えるのです。

「出ていかれる路は一つしかない。」

「わたしもほかの河童のようにこの国へ生まれてくるかどうか、一応父親に尋ねられてから母親の胎内を離れたのだよ。」

「なるほどそれでは安らかでしょう。」

「というのは?」

「ではあなたはほかの河童のように格別生きていることに執着しゅうじゃくを持ってはいないのですね?」

「ではあすこから出さしてもらいます。」

「ただわたしは前もって言うがね。出ていって後悔しないように。」

「それはお前さんのここへ来た路だ。」

「その路があいにく見つからないのです。」

「しかし僕はふとした拍子に、この国へころげ落ちてしまったのです。どうか僕にこの国から出ていかれるみちを教えてください。」

「さあ、それはそうかもしれない。わたしは若い時は年よりだったし、年をとった時は若いものになっている。従って年よりのように欲にもかわかず、若いもののように色にもおぼれない。とにかくわたしの生涯はたといしあわせではないにもしろ、安らかだったのには違いあるまい。」

「さあ、あすこから出ていくがいい。」

「お前さんはまだ知らないのかい? わたしはどういう運命か、母親の腹を出た時には白髪頭しらがあたまをしていたのだよ。それからだんだん年が若くなり、今ではこんな子どもになったのだよ。けれども年を勘定すれば生まれる前を六十としても、かれこれ百十五六にはなるかもしれない。」

「いや、まだそれだけでは安らかにはならない。わたしはからだ丈夫じょうぶだったし、一生食うに困らぬくらいの財産を持っていたのだよ。しかし一番しあわせだったのはやはり生まれてきた時に年よりだったことだと思っている。」

「あなたはどうもほかの河童よりもしあわせに暮らしているようですね?」

大丈夫だいじょうぶです。僕は後悔などはしません。」

僕はこう返事をするが早いか、もう綱梯子をよじ登っていました。年をとった河童の頭の皿をはるか下にながめながら。

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