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河童

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十二

ある割合に寒い午後です。僕は「阿呆あほうの言葉」を読み飽きましたから、哲学者のマッグを尋ねに出かけました。するとある寂しい町のかどに蚊のようにやせた河童かっぱが一匹、ぼんやり壁によりかかっていました。しかもそれは紛れもない、いつか僕の万年筆を盗んでいった河童なのです。僕はしめたと思いましたから、ちょうどそこへ通りかかった、たくましい巡査を呼びとめました。

「ちょっとあの河童を取り調べてください。あの河童はちょうど一月ひとつきばかり前にわたしの万年筆を盗んだのですから。」

社長のゲエルは色硝子いろガラスの光に顔中紫に染まりながら、人なつこい笑顔えがおをして見せました。

巡査は右手の棒をあげ、(この国の巡査はけんの代わりに水松いちいの棒を持っているのです。)「おい、君」とその河童へ声をかけました。僕はあるいはその河童は逃げ出しはしないかと思っていました。が、存外落ち着き払って巡査の前へ歩み寄りました。のみならず腕を組んだまま、いかにも傲然ごうぜんと僕の顔や巡査の顔をじろじろ見ているのです。しかし巡査はおこりもせず、腹の袋から手帳を出してさっそく尋問にとりかかりました。

巡査ははじめて相手の河童へ鋭い目を注ぎました。

巡査はこう言いすてたなり、さっさとどこかへ行ってしまいました。僕はしかたがありませんから、「刑法千二百八十五条」を口の中に繰り返し、マッグのうちへ急いでゆきました。哲学者のマッグは客好きです。現にきょうも薄暗い部屋へやには裁判官のペップや医者のチャックや硝子ガラス会社の社長のゲエルなどが集まり、七色なないろの色硝子のランタアンの下に煙草たばこの煙を立ちのぼらせていました。そこに裁判官のペップが来ていたのは何よりも僕にはこうつごうです。僕は椅子いすにかけるが早いか、刑法第千二百八十五条をしらべる代わりにさっそくペップへ問いかけました。

僕は委細を話したのち、例の刑法千二百八十五条のことを尋ねてみました。

僕は冷然と構えこんだペップに多少反感を感じていましたから、この機会に皮肉を浴びせてやりました。

僕はこう口を入れた河童かっぱ、――哲学者のマッグをふりかえりました。マッグはやはりいつものように皮肉な微笑を浮かべたまま、だれの顔も見ずにしゃべっているのです。

僕は呆気あっけにとられたまま、巡査の顔をながめていました。しかもそのうちにやせた河童は何かぶつぶつつぶやきながら、僕らを後ろにして行ってしまうのです。僕はやっと気をとり直し、こう巡査に尋ねてみました。

ペップは巻煙草をほうり出しながら、気のない薄笑いをもらしていました。そこへ口を出したのは法律には縁の遠いチャックです。チャックはちょっと鼻目金はなめがねを直し、こう僕に質問しました。

ペップはやはり落ち着いていました。

ペップは金口きんぐちの煙草の煙をまず悠々ゆうゆうと吹き上げてから、いかにもつまらなそうに返事をしました。

やせた河童は腹の袋から一枚の紙をとり出しました。巡査はその紙へ目を通すと、急ににやにや笑いながら、相手の肩をたたきました。

「職業は?」

「罰しますとも。死刑さえ行なわれるくらいですからね。」

「死亡証明書を持っているかね?」

「死にますとも。我々河童の神経作用はあなたがたのよりも微妙ですからね。」

「日本にも死刑はありますか?」

「子どもの玩具にするためだったのでしょう。けれどもその子どもは死んでいるのです。もし何か御不審だったら、刑法千二百八十五条をお調べなさい。」

「子どもの玩具おもちゃにしようと思ったのです。」

「一週間前に死んでしまいました。」

「ペップ君、はなはだ失礼ですが、この国では罪人を罰しないのですか?」

「グルック。」

「わたしはこの間もある社会主義者に『貴様は盗人ぬすびとだ』と言われたために心臓痲痺まひ[#「痲痺を」は底本では「痳痺を」]起こしかかったものです。」

「よろしい。どうも御苦労だったね。」

「よろしい。そこでこの人の申し立てによれば、君はこの人の万年筆を盗んでいったということだがね。」

「ふむ、それはこういうのです。――『いかなる犯罪を行ないたりといえども、がい犯罪を行なわしめたる事情の消失したる後は該犯罪者を処罰することを得ず』つまりあなたの場合で言えば、その河童かっぱはかつては親だったのですが、今はもう親ではありませんから、犯罪も自然と消滅するのです。」

「なんのために?」

「どうしてあの河童をつかまえないのです?」

「つい二三日前までは郵便配達夫をしていました。」

「それは死刑ばかりではありません。殺人にもその手を使うのがあります――」

「それは案外多いようですね。わたしの知っていたある弁護士などはやはりそのために死んでしまったのですからね。」

「それはもちろん文明的です。」

「それはどうも不合理ですね。」

「それはつまり自殺ですね。」

「それだけで河童は死ぬのですか?」

「その河童はだれかにかえるだと言われ、――もちろんあなたも御承知でしょう、この国で蛙だと言われるのは人非人にんぴにんという意味になることぐらいは。――おれは蛙かな? 蛙ではないかな? と毎日考えているうちにとうとう死んでしまったものです。」

「その子どもは?」

「しかし僕は一月ひとつきばかり前に、……」

「しかし僕の万年筆を盗んだのは……」

「この国の死刑は日本よりも文明的にできているでしょうね?」

「この国では絞罪などは用いません。まれには電気を用いることもあります。しかしたいていは電気も用いません。ただその犯罪の名を言って聞かせるだけです。」

「お前の名は?」

「ええ、一月ばかり前に盗みました。」

「ありますとも。日本では絞罪こうざいです。」

「あの河童は無罪ですよ。」

常談じょうだんを言ってはいけません。親だった河童も親である河童も同一に見るのこそ不合理です。そうそう、日本の法律では同一に見ることになっているのですね。それはどうも我々には滑稽こっけいです。ふふふふふふふふふふ。」

「もっともその河童を蛙だと言ったやつは殺すつもりで言ったのですがね。あなたがたの目から見れば、やはりそれも自殺という……」

ちょうどマッグがこう言った時です。突然その部屋へやの壁の向こうに、――たしかに詩人のトックの家に鋭いピストルの音が一発、空気をはね返すように響き渡りました。

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十二