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河童

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実際また河童の恋愛は我々人間の恋愛とはよほど趣をことにしています。雌の河童はこれぞという雄の河童を見つけるが早いか、雄の河童をとらえるのにいかなる手段も顧みません、一番正直な雌の河童は遮二無二しゃにむに雄の河童を追いかけるのです。現に僕は気違いのように雄の河童を追いかけている雌の河童を見かけました。いや、そればかりではありません。若い雌の河童はもちろん、その河童の両親や兄弟までいっしょになって追いかけるのです。雄の河童こそみじめです。なにしろさんざん逃げまわったあげく、運よくつかまらずにすんだとしても、二三か月はとこについてしまうのですから。僕はある時僕の家にトックの詩集を読んでいました。するとそこへ駆けこんできたのはあのラップという学生です。ラップは僕の家へ転げこむと、ゆかの上へ倒れたなり、息も切れ切れにこう言うのです。

大変たいへんだ! とうとう僕は抱きつかれてしまった!」

僕はとっさに詩集を投げ出し、戸口のじょうをおろしてしまいました。しかし鍵穴かぎあなからのぞいてみると、硫黄いおうの粉末を顔に塗った、せいの低いめす河童かっぱが一匹、まだ戸口にうろついているのです。ラップはその日から何週間か僕のとこの上に寝ていました。のみならずいつかラップのくちばしはすっかり腐って落ちてしまいました。

僕の知っていたおす河童かっぱはだれも皆言い合わせたようにめすの河童に追いかけられました。もちろん妻子を持っているバッグでもやはり追いかけられたのです。のみならず二三度はつかまったのです。ただマッグという哲学者だけは(これはあのトックという詩人の隣にいる河童です。)一度もつかまったことはありません。これは一つにはマッグぐらい、醜い河童も少ないためでしょう。しかしまた一つにはマッグだけはあまり往来へ顔を出さずにうちにばかりいるためです。僕はこのマッグの家へも時々話しに出かけました。マッグはいつも薄暗うすぐら部屋へや七色なないろ色硝子いろガラスのランタアンをともし、あしの高い机に向かいながら、厚い本ばかり読んでいるのです。僕はある時こういうマッグと河童の恋愛を論じ合いました。

もっともまた時には雌の河童を一生懸命いっしょうけんめいに追いかけるおすの河童もないではありません。しかしそれもほんとうのところは追いかけずにはいられないように雌の河童が仕向けるのです。僕はやはり気違いのように雌の河童を追いかけている雄の河童も見かけました。雌の河童は逃げてゆくうちにも、時々わざと立ち止まってみたり、つんいになったりして見せるのです。おまけにちょうどいい時分になると、さもがっかりしたように楽々とつかませてしまうのです。僕の見かけた雄の河童は雌の河童を抱いたなり、しばらくそこにころがっていました。が、やっと起き上がったのを見ると、失望というか、後悔というか、とにかくなんとも形容できない、気の毒な顔をしていました。しかしそれはまだいいのです。これも僕の見かけた中に小さい雄の河童が一匹、雌の河童を追いかけていました。雌の河童は例のとおり、誘惑的遁走とんそうをしているのです。するとそこへ向こうのまちから大きい雄の河童が一匹、鼻息を鳴らせて歩いてきました。雌の河童はなにかの拍子にふとこの雄の河童を見ると「大変たいへんです! 助けてください! あの河童はわたしを殺そうとするのです!」と金切かなきり声を出して叫びました。もちろん大きい雄の河童はたちまち小さい河童をつかまえ、往来のまん中へねじ伏せました。小さい河童は水掻みずかきのある手に二三度くうをつかんだなり、とうとう死んでしまいました。けれどももうその時には雌の河童はにやにやしながら、大きい河童のくびっ玉へしっかりしがみついてしまっていたのです。

するとマッグは椅子いすを離れ、僕の両手を握ったまま、ため息といっしょにこう言いました。

「なぜ政府は雌の河童が雄の河童を追いかけるのをもっと厳重に取り締まらないのです?」

「それは一つには官吏の中に雌の河童の少ないためですよ。雌の河童は雄の河童よりもいっそう嫉妬心しっとしんは強いものですからね、雌の河童の官吏さええれば、きっと今よりも雄の河童は追いかけられずに暮らせるでしょう。しかしその効力もしれたものですね。なぜと言ってごらんなさい。官吏同志でも雌の河童は雄の河童を追いかけますからね。」

「じゃあなたのように暮らしているのは一番幸福なわけですね。」

「あなたは我々河童ではありませんから、おわかりにならないのももっともです。しかしわたしもどうかすると、あの恐ろしい雌の河童に追いかけられたい気も起こるのですよ。」

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