奇怪な再会在线阅读

奇怪な再会

Txt下载

移动设备扫码阅读

十五

れんとこを抜け出したのは、その夜の三時過ぎだった。彼女は二階の寝間ねまうしろに、そっと暗い梯子はしごを下りると、手さぐりに鏡台の前へ行った。そうしてその抽斗ひきだしから、剃刀かみそりの箱を取り出した。

牧野まきのめ。牧野の畜生め。」

彼女は思わず息を呑んだ。が、声だと思ったのは、時計の振子ふりこが暗い中に、秒を刻んでいる音らしかった。

声は彼女の問に答えず、何度も同じ事を繰返すのだった。

声は彼女と仲がかった、朋輩の一人に違いなかった。

そこに長い沈黙があった。時計はその沈黙の中にも、休みない振子ふりこを鳴らしていた。

すると突然かすかな声が、どこからか彼女の耳へはいった。

しばらく無言むごんが続いたのち、お蓮がこう問い直すと、声はやっと彼女の耳に、懐しい名前をささやいてくれた。

しかし梯子はしごあがりかけると、声はもう一度お蓮をとらえた。彼女はそこへ立ち止りながら、茶のの暗闇を透かして見た。

お蓮は派手な長襦袢ながじゅばんの袖に、一挺の剃刀をおおったなり、鏡台の前に立ち上った。

お蓮はそうつぶやきながら、静に箱の中の物を抜いた。その拍子に剃刀のにおいが、ぎ澄ましたはがねの匀が、かすかに彼女の鼻を打った。

お蓮はいつか長火鉢の前へ、昼間のように坐っていた。

お蓮は頬杖ほおづえをついたまま、物思わしそうな眼つきになった。

いつか彼女の心の中には、狂暴な野性が動いていた。それは彼女が身を売るまでに、邪慳じゃけん継母ままははとの争いから、すさむままに任せた野性だった。白粉おしろい地肌じはだを隠したように、この数年間の生活が押し隠していた野性だった。………

「誰だい?」

「誰が生きているのさ?」

「私。私だ。私。」

「生きている? 誰が?」

「牧野め。鬼め。二度の日の目は見せないから、――」

「来るよ。来るとさ。」

「来るって? いつ?」

「御止し。御止し。御止し。」

「弥勒寺橋へね。夜来る。来るとさ。」

「弥勒寺って、弥勒寺橋だろうねえ。」

「久しぶりだねえ。お前さんは今どこにいるの?」

「ほんとうかい? ほんとうなら嬉しいけれど、――」

「だってきんさんが生きているんなら、私に会いに来そうなもんじゃないか?」

「お止し。生きているもの。生きているよ。」

「ああ、私。」

きん――金さん。金さん。」

明日あした弥勒寺みろくじへ会いに来るとさ。弥勒寺へ。明日あしたの晩。」

御止およし。御止しよ。」

御止およし。御止し。」

何故なぜまたお前さんまでが止めるのさ? 殺したって好いじゃないか?」

一枝いっしさんかい?」

それぎり声は聞こえなくなった。が、長襦袢ながじゅばん一つのお蓮は、夜明前の寒さも知らないように、長いあいだじっと坐っていた。

5.14%
十五