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奇怪な再会

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十四

しかしおれんの憂鬱は、二月にはいってもない頃、やはり本所ほんじょ松井町まついちょうにある、手広い二階家へ住むようになっても、不相変あいかわらず晴れそうな気色けしきはなかった。彼女は婆さんとも口をかず、大抵たいていは茶のにたった一人、鉄瓶のたぎりを聞き暮していた。

するとそこへ移ってから、まだ一週間も経たないある夜、もうどこかで飲んだ田宮たみやが、ふらりと妾宅へ遊びに来た。ちょうど一杯始めていた牧野まきのは、この飲み仲間の顔を見ると、早速手にあった猪口ちょくをさした。田宮はその猪口を貰う前に、襯衣シャツを覗かせたふところから、赤い缶詰かんづめを一つ出した。そうしてお蓮の酌を受けながら、

迷惑らしい顔をした牧野は、やっともう一度膃肭獣おっとせいの話へ、危険な話題を一転させた。が、その結果は必ずしも、彼が希望していたような、都合つごういものではなさそうだった。

田宮は唇をめまわしては、彼等二人を見比べていた。

田宮は薄痘痕うすいものある顔に、一ぱいの笑いを浮べたなり、委細いさいかまわずしゃべり続けた。

牧野はやむを得ず苦笑くしょうした。

牧野はお蓮が礼を云うあいだに、その缶詰を取り上げて見た。

お蓮は牧野にこう云われても、無理にちょいと口元へ、微笑を見せたばかりだった。が、田宮は手を振りながら、すぐにその答えを引き受けた。

「食えるかい、お前、膃肭獣おっとせいなんぞが?」

「牡が一匹いる所に、――ねえ、牧野さん、君によく似ているだろう。」

「牝を取り合うとか? 牝を取り合うと、大喧嘩をするんだそうだ。その代りだね、その代り正々堂々とやる。君のように暗打ちなんぞは食わせない。いや、こりゃ失礼。禁句禁句きんくきんく金看板きんかんばん甚九郎じんくろうだっけ。――お蓮さん。一つ、献じましょう。」

「大丈夫。大丈夫だとも。――ねえ、お蓮さん。この膃肭獣おっとせいと云うやつは、おすが一匹いる所には、めすが百匹もくっついている。まあ人間にすると、牧野さんと云う所です。そう云えば顔も似ていますな。だからです。だから一つ牧野さんだと思って、――可愛い牧野さんだと思って御上おあがんなさい。」

「何を云っているんだ。」

「何だい、これは?」

「今日僕の友だちに、――この缶詰屋に聞いたんだが、膃肭獣おっとせいと云うやつは、牡同志が牝を取り合うと、――そうそう膃肭獣の話よりゃ、今夜は一つお蓮さんに、昔のなりを見せてもらうんだった。どうです? お蓮さん。今こそお蓮さんなんぞと云っているが、お蓮さんとは世を忍ぶ仮の名さ。ここは一番音羽屋おとわやで行きたいね。お蓮さんとは――」

「これは御土産おみやげです。お蓮夫人。これはあなたへ御土産です。」と云った。

「おい、おい、牝を取り合うとどうするんだ? その方をまず伺いたいね。」

貼紙ペーパーを見給え。膃肭獣おっとせいだよ。膃肭獣の缶詰さ。――あなたは気のふさぐのが病だって云うから、これを一つ献上します。産前、産後、婦人病一切いっさいによろしい。――これは僕の友だちに聞いた能書のうがきだがね、そいつがやり始めた缶詰だよ。」

田宮は色を変えた牧野に、ちらりと顔をにらまれると、てれ隠しにお蓮へさかずきをさした。しかしお蓮は無気味ぶきみなほど、じっと彼を見つめたぎり、手も出そうとはしなかった。

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十四