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奇怪な再会

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十三

七草ななくさ牧野まきのが妾宅へやって来ると、おれんは早速彼の妻が、訪ねて来たいきさつを話して聞かせた。が、牧野は案外平然と、彼女に耳を借したまま、マニラの葉巻ばかりくゆらせていた。

御新造ごしんぞはどうかしているんですよ。」

Kにいろいろかれた時、婆さんはまた当時の容子ようすをこう話したとか云う事だった。

牧野は葉巻の煙の中から、薄眼うすめに彼女を眺めていた。

牧野は呆気あっけにとられたのか、何とも答を返さなかった。

お蓮は顔を曇らせたなり、しばらくは口をつぐんでいた。が、突然涙ぐんだ眼を挙げると、

お蓮は涙を隠すように、黒繻子くろじゅすの襟へあごうずめた。

お蓮はほとんどその晩中、いくら牧野が慰めても、浮かない顔色かおいろを改めなかった。……

いつか興奮し出したお蓮は、苛立いらだたしいまゆをひそめながら、剛情になおも云い続けた。

「御新造は世の中にあなた一人が、何よりも大事なんですもの。それを考えて上げなくっちゃ、薄情すぎると云うもんですよ。私の国でも女と云うものは、――」

「後生ですから、ねえ、あなた――」

「好いよ。好いよ。お前の云う事はよくわかったから、そんな心配なんぞはしない方が好いよ。」

「何しろ今度の御病気は、あの時分にもうきざしていたんですから、やっぱりまあ旦那様始め、御諦おあきらめになるほかはありますまい。現に本宅の御新造が、不意に横網よこあみへ御出でなすった時でも、わたくしが御使いから帰って見ると、こちらの御新造は御玄関先へ、ぼんやりとただ坐っていらっしゃる、――それを眼鏡越しににらみながら、あちらの御新造はまたあがろうともなさらず、悪丁寧わるでいねい嫌味いやみのありったけを並べて御出でなさる始末しまつなんです。

「今の内に何とかして上げないと、取り返しのつかない事になりますよ。」

「一体このうちが陰気だからね、――そうそう、この間はまた犬が死んだりしている。だからお前も気がふさぐんだ。その内にどこかい所があったら、早速さっそく引越してしまおうじゃないか? そうして陽気に暮すんだね、――何、もう十日もちさえすりゃ、おれは役人をやめてしまうんだから、――」

「まあ、なったらなった時の事さ。」

「そりゃ御主人が毒づかれるのは、蔭で聞いている私にも、い気のするもんじゃありません。けれども私がそこへ出ると、余計事がむずかしいんです。――と云うのは私も四五年まえには、御本宅に使われていたもんですから、あちらの御新造に見つかったが最後、かえって先様さきさまの御腹立ちをあおる事になるかも知れますまい。そんな事があっては大変ですから、私は御本宅の御新造が、さんざん悪態あくたいを御つきになった揚句あげく、御帰りになってしまうまでは、とうとう御玄関のふすまの蔭から、顔を出さずにしまいました。

「あなた、後生ごしょうですから、御新造ごしんぞを捨てないで下さい。」と云った。

わたしはどうなってもいんですけれど、――」

御新造ごしんぞの事では旦那様だんなさまも、随分御心配なすったもんですが、――」

くはないよ。」

かかあの事なんぞを案じるよりゃ、お前こそ体に気をつけるがい。何だかこの頃はいつ来て見ても、ふさいでばかりいるじゃないか?」

葉巻はまきを吸うのも忘れた牧野は、子供をだますようにこう云った。

「ところがこちらの御新造は、わたくしの顔を御覧になると、『婆や、今し方御新造が御見えなすったよ。わたくしなんぞの所へ来ても、嫌味一つ云わないんだから、あれがほんとうの結構人けっこうじんだろうね。』と、こうおっしゃるじゃありませんか? そうかと思うと笑いながら、『何でも近々に東京中が、森になるって云っていたっけ。可哀そうにあの人は、気が少し変なんだよ。』と、そんな事さえおっしゃるんですよ。……」

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