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奇怪な再会

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十二

牧野まきのの妻が訪れたのは、生憎あいにく例の雇婆やといばあさんが、使いに行っている留守るすだった。案内を請う声に驚かされたおれんは、やむを得ず気のない体を起して、薄暗い玄関へ出かけて行った。すると北向きの格子戸こうしどが、軒さきの御飾りをすかせている、――そこにひどく顔色の悪い、眼鏡めがねをかけた女が一人、余り新しくない肩掛をしたまま、俯向うつむき勝にたたずんでいた。

「どなた様でございますか?」

相手はゆっくりこんな事を云った。その容子ようすはまるで彼女の言葉が、いかに気違いじみているかも、全然気づいていないようだった。お蓮は呆気あっけにとられたなり、しばらくはただ外光にそむいた、この陰気な女の姿を見つめているよりほかはなかった。

牧野の妻はこう云うと、古びた肩掛に顔を隠しながら、突然しくしく泣き始めた。すると何故なぜか黙っていたお蓮も、急に悲しい気がして来た。やっときんさんにもえる時が来たのだ、嬉しい。嬉しい。――彼女はそう思いながら、それでも春着の膝の上へ、やはり涙を落している彼女自身を見出みいだしたのだった。

女はちょいとためらったのち、やはり俯向き勝に話し続けた。

女の言葉は穏やかだった。皮肉らしい調子なぞは、不思議なほどこもっていなかった。それだけまたお蓮は何と云っていか、挨拶あいさつのしように困るのだった。

今度はお蓮が口ごもった。

まだ油断をしなかったお蓮は、ほぼその「御願い」もわかりそうな気がした。と同時にそれを切り出された場合、答うべき文句も多そうな気がした。しかし伏目ふしめ勝ちな牧野の妻が、しずかに述べ始めた言葉を聞くと、彼女の予想は根本から、間違っていた事が明かになった。

お蓮は舌がこわばったように、何とも返事が出来なかった。いつか顔をもたげた相手は、細々と冷たい眼をきながら、眼鏡めがね越しに彼女を見つめている、――それがなおさらお蓮には、すべてが一場の悪夢あくむのような、気味の悪い心地を起させるのだった。

お蓮はそう尋ねながら、相手の正体しょうたいを直覚していた。そうしてこのの抜けた丸髷まるまげに、小紋こもんの羽織のそでを合せた、どこか影の薄い女の顔へ、じっと眼を注いでいた。

「私はもとよりどうなっても、かまわない体でございますが、万一路頭に迷うような事がありましては、二人の子供が可哀かわいそうでございます。どうか御面倒でもあなたの御宅へ、お置きなすって下さいまし。」

「何でございますか、私に出来る事でございましたら――」

「つきましては今日こんにちは御年始かたがた、ちと御願いがあって参りましたんですが、――」

「さようでございますか。わたくしは――」

「いかがでございましょう? 置いて頂けましょうか?」

「いえ、御願いと申しました所が、大した事でもございませんが、――実は近々きんきんに東京中が、森になるそうでございますから、その節はどうか牧野同様、私も御宅へ御置き下さいまし。御願いと云うのはこれだけでございます。」

「いえ、それはもう存じて居ります。牧野が始終御世話になりますそうで、私からも御礼を申し上げます。」

わたくしは牧野の家内でございます。たきと云うものでございます。」

わたくしは――」

が、何分なんぷんか過ぎ去ったのち、お蓮がふと気がついて見ると、薄暗い北向きの玄関には、いつのまに相手は帰ったのか、誰も人影が見えなかった。

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