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奇怪な再会

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「あの白犬が病みついたのは、――そうそう、田宮たみや旦那だんなが御見えになった、ちょうどそのくる日ですよ。」

れんに使われていた婆さんは、わたしの友人のKと云う医者に、こう当時の容子ようすを話した。

ちょうど薬研堀やげんぼりいちの立つ日、お蓮は大きな鏡台の前に、息の絶えた犬を見出した。犬は婆さんが話した通り、青い吐物とぶつの流れた中に、冷たい体を横たえていた。これは彼女もとうの昔に、覚悟をきめていた事だった。前の犬には生別いきわかれをしたが、今度の犬には死別しにわかれをした。所詮しょせん犬は飼えないのが、持って生まれた因縁いんねんかも知れない。――そんな事がただ彼女の心へ、絶望的な静かさをのしかからせたばかりだった。

お蓮はそこへ坐ったなり、茫然と犬の屍骸しがいを眺めた。それからものうい眼を挙げて、寒い鏡のおもてを眺めた。鏡には畳にたおれた犬が、彼女と一しょに映っていた。その犬の影をじっと見ると、お蓮は目まいでも起ったように、突然両手に顔をおおった。そうしてかすかな叫び声を洩らした。

「ですから犬が死んだ時には、そりゃ御新造には御気の毒でしたが、こちらは内々ないないほっとしたもんです。もっともそれが嬉しかったのは、犬が粗匇そそうをするたびに、掃除そうじをしなければならなかった私ばかりじゃありません。旦那様もその事を御聞きになると、厄介払やっかいばらいをしたと云うように、にやにや笑って御出でになりました。犬ですか? 犬は何でも、御新造はもとより、私もまだ起きない内に、鏡台きょうだいの前へたおれたまま、青い物を吐いて死んでいたんです。気がなさそうに長火鉢の前に、寝てばかりいるようになってから、かれこれ半月にもなりましたかしら。……」

「そりゃ話をなさると云っても、つまりは御新造が犬を相手に、長々と独りごとをおっしゃるんですが、夜更よふけにでもその声が聞えて御覧なさい。何だか犬も人間のように、口をいていそうな気がして、あんまりい気はしないもんですよ。それでなくっても一度なぞは、あるからっかぜのひどかった日に、御使いに行って帰って来ると、――その御使いも近所のうらなしゃの所へ、犬の病気を見て貰いに行ったんですが、――御使いに行って帰って来ると、障子しょうじのがたがた云う御座敷に、御新造の話し声が聞えるんでしょう。こりゃ旦那様でもいらしったかと思って、障子の隙間から覗いて見ると、やっぱりそこにはたった一人、御新造がいらっしゃるだけなんです。おまけに風に吹かれた雲が、御日様の前を飛ぶからですが、膝へ犬をのせた御新造の姿が、しっきりなしに明るくなったり暗くなったりするじゃありませんか? あんなに気味の悪かった事は、この年になってもまだ二度とは、出っくわした覚えがないくらいですよ。

大方おおかた食中しょくあたりか何かだったんでしょう。始めは毎日長火鉢の前に、ぼんやり寝ているばかりでしたが、その内に時々どうかすると、畳をよごすようになったんです。御新造ごしんぞは何しろ子供のように、可愛がっていらしった犬ですから、わざわざ牛乳を取ってやったり、宝丹ほうたんを口へふくませてやったり、随分大事になさいました。それに不思議はないんです。ないんですが、いやじゃありませんか? 犬の病気が悪くなると、御新造が犬と話をなさるのも、だんだん珍しくなくなったんです。

鏡の中の犬の屍骸は、いつか黒かるべき鼻の先が、あかい色に変っていたのだった。

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