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奇怪な再会

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牧野まきのはその二三日すると、いつもより早めに妾宅へ、田宮たみやと云う男と遊びに来た。ある有名な御用商人の店へ、番頭格にかよっている田宮は、おれんが牧野にかこわれるのについても、いろいろ世話をしてくれた人物だった。

「妙なもんじゃないか? こうやって丸髷まるまげっていると、どうしても昔のお蓮さんとは見えない。」

田宮は一盃ぐいとやりながら、わざとらしい渋面じゅうめんをつくって見せた。

田宮は薄痘痕うすいものある顔に、くすぐったそうな笑いを浮べながら、すりいもはしからんでいた。……

田宮はあかるいランプの光に、薄痘痕うすいものある顔を火照ほてらせながら、向い合った牧野へさかずきをさした。

牧野は太い腕を伸ばして、田宮へ猪口ちょくをさしつけた。

牧野はちらりと長火鉢越しに、お蓮の顔へ眼を送った。お蓮はその言葉も聞えないように、鉄瓶のぬるんだのを気にしていた。

牧野はそう注意はしても、嬉しそうににやにや笑っていた。

牧野はさも疲れたように、火鉢の前へ寝ころんだまま、田宮が土産みやげに持って来たマニラの葉巻を吹かしていた。

牧野の口調くちょうや顔色では、この意外な消息しょうそくも、満更冗談とは思われなかった。

その晩田宮が帰ってから、牧野は何も知らなかったお蓮に、近々陸軍を止め次第、商人になると云う話をした。辞職の許可が出さえすれば、田宮が今使われている、ある名高い御用商人が、すぐに高給で抱えてくれる、――何でもそう云う話だった。

お蓮は眼をらせたまま、ひざの上の小犬にからかっていた。

お蓮は田宮のしゃくをしながら、やっと話に調子を合わせた。が、あの船が沈んでいたら、今よりはかえってましかも知れない。――そんな事もふと考えられた。

お蓮は意地のきたない犬へ、残り物を当てがうのにいそがしかった。

「返らせたかった所が、仕方がないじゃないか?」

「私も牧野さんに頼まれたから、一度は引き受けて見たようなものの、万一ばれた日にゃ大事おおごとだと、無事に神戸こうべへ上がるまでにゃ、随分これでも気をみましたぜ。」

「着物どころか櫛簪くしかんざしまでも、ちゃんと御持参になっている。いくら僕が止せと云っても、一向いっこう御取上げにならなかったんだから、――」

「大丈夫。聞えた所がわかるもんか。――ねえ、お蓮さん。あの時分の事を考えると、まるで夢のようじゃありませんか。」

「冗談云っちゃいけない。人間の密輸入はまだ一度ぎりだ。」

「へん、そう云う危い橋なら、渡りつけているだろうに、――」

「ねえ、牧野さん。これが島田しまだっていたとか、赤熊しゃぐまに結っていたとか云うんなら、こうも違っちゃ見えまいがね、何しろ以前が以前だから、――」

「ないがさ、――ないと云えば昔の着物は、一つもこっちへは持って来なかったかい?」

「だって御新造ごしんぞがいるじゃありませんか?」

「だがお蓮の今日こんにちあるを得たのは、実際君のおかげだよ。」

「それがまあこうしていられるんだから、御互様おたがいさまに仕合せでさあ。――だがね、牧野さん。お蓮さんに丸髷が似合うようになると、もう一度また昔のなりに、返らせて見たい気もしやしないか?」

「そう云われると恐れ入るが、とにかくあの時は弱ったよ。おまけにまた乗った船が、ちょうど玄海げんかいへかかったとなると、恐ろしいしけくらってね。――ねえ、お蓮さん。」

「そうなったら、おれも一しょにいるさ。」

「そうすりゃここにいなくともいから、どこか手広いうちへ引っ越そうじゃないか?」

「そうして君もついでながら、昔馴染むかしなじみを一人思い出すか。」

「そいつはなおさら好都合だ。――どうです? お蓮さん。その内に一つなりを変えて、御酌を願おうじゃありませんか?」

「さあ、その昔馴染みと云うやつがね、お蓮さんのように好縹緻ハオピイチエだと、思い出し甲斐がいもあると云うものだが、――」

「このうちだって沢山ですよ。婆やと私と二人ぎりですもの。」

「かまうものか。おのれに出でて己に返るさ。おれの方ばかり悪いんじゃない。」

「おい、おい、ここの婆さんは眼は少し悪いようだが、耳は遠くもないんだからね。」

「ええ、私はもう船も何も、沈んでしまうかと思いましたよ。」

「あんまり罪な事をするのは御止しなさいよ。」

かかあかい? 嚊とも近々別れる筈だよ。」

牧野はけわしい眼をしながら、やけに葉巻をすぱすぱやった。お蓮は寂しい顔をしたなり、しばらくは何とも答えなかった。

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