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奇怪な再会

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この小犬に悩まされたものは、雇婆やといばあさん一人ではなかった。牧野まきのも犬が畳の上に、寝そべっているのを見た時には、不快そうに太いまゆをひそめた。

「何だい、こいつは?――畜生ちくしょう。あっちへ行け。」

牧野はお蓮の手をつっつきながら、彼一人上機嫌に笑いくずれた。

もうよいのまわった牧野は、初めの不快も忘れたように、刺身さしみなぞを犬に投げてやった。

しかし牧野はいつまでも、その景気を保っていられなかった。犬は彼等がとこへはいると、古襖ふるぶすま一重ひとえ隔てた向うに、何度も悲しそうな声を立てた。のみならずしまいにはそのふすまへ、がりがり前足の爪をかけた。牧野は深夜のランプの光に、妙な苦笑くしょうを浮べながら、とうとうお蓮へ声をかけた。

が、彼女が襖を開けると、犬は存外ゆっくりと、二人の枕もとへはいって来た。そうして白い影のように、そこへ腹を落着けたなり、じっと彼等を眺め出した。

お蓮は牧野の酌をしながら、前に飼っていた犬の鼻が、はっきりと眼の前に見えるような気がした。それは始終よだれに濡れた、ちょうど子持ちの乳房ちぶさのように、鳶色とびいろぶちがある鼻づらだった。

れんは膝の小犬をでながら、仕方なさそうな微笑を洩らした。汽船や汽車の旅を続けるのに、犬を連れて行く事が面倒なのは、彼女にもよくわかっていた。が、男とも別れた今、その白犬をあとに残して、見ず知らずの他国へ行くのは、どう考えて見ても寂しかった。だからいよいよ立つと云う前夜、彼女は犬を抱き上げては、その鼻に頬をすりつけながら、何度も止めどないすすり泣きを呑みこみ呑みこみしたものだった。………

「男かい、二匹とも。ここのうちへ来る男は、おればかりかと思ったが、――こりゃちと怪しからんな。」

「前にもこのくらいなやつを飼っていたじゃないか?」

「何、鼻の色が違う? 妙な所がまた違ったものだな。」

「へええ、して見ると鼻のあかい方が、犬では美人のそうなのかも知れない。」

「そう云えばお前があの犬と、何でも別れないと云い出したのにゃ、随分手こずらされたものだったけ。」

「この犬は鼻が黒いでしょう。あの犬は鼻があこうござんしたよ。」

「お前の犬好きにもあきれるぜ。」

「おい、そこを開けてやれよ。」

「ええ、あれもやっぱり白犬でしたわ。」

「あら、あの犬によく似ているじゃありませんか? 違うのは鼻の色だけですわ。」

「あの犬は中々利巧だったが、こいつはどうも莫迦ばからしいな。第一人相にんそうが、――人相じゃない。犬相けんそうだが、――犬相が甚だ平凡だよ。」

美男びなんですよ、あの犬は。これは黒いから、醜男ぶおとこですわね。」

陸軍主計りくぐんしゅけいの軍服を着た牧野は、邪慳じゃけんに犬を足蹴あしげにした。犬は彼が座敷へ通ると、白い背中の毛を逆立さかだてながら、無性むしょうえ立て始めたのだった。

晩酌ばんしゃくの膳についてからも、牧野はまだ忌々いまいましそうに、じろじろ犬を眺めていた。

お蓮は何だかその眼つきが、人のような気がしてならなかった。

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