三
お蓮に男のあった事は、牧野も気がついてはいたらしかった。が、彼はそう云う事には、頓着する気色も見せなかった。また実際男の方でも、牧野が彼女にのぼせ出すと同時に、ぱったり遠のいてしまったから、彼が嫉妬を感じなかったのも、自然と云えば自然だった。
しかしお蓮の頭の中には、始終男の事があった。それは恋しいと云うよりも、もっと残酷な感情だった。何故男が彼女の所へ、突然足踏みもしなくなったか、――その訳が彼女には呑みこめなかった。勿論お蓮は何度となく、変り易い世間の男心に、一切の原因を見出そうとした。が、男の来なくなった前後の事情を考えると、あながちそうばかりも、思われなかった。と云って何か男の方に、やむを得ない事情が起ったとしても、それも知らさずに別れるには、彼等二人の間柄は、余りに深い馴染みだった。では男の身の上に、不慮の大変でも襲って来たのか、――お蓮はこう想像するのが、恐しくもあれば望ましくもあった。………
老人は金襴の袋から、穴銭を三枚取り出した。穴銭は皆一枚ずつ、薄赤い絹に包んであった。
男の夢を見た二三日後、お蓮は銭湯に行った帰りに、ふと「身上判断、玄象道人」と云う旗が、ある格子戸造りの家に出してあるのが眼に止まった。その旗は算木を染め出す代りに、赤い穴銭の形を描いた、余り見慣れない代物だった。が、お蓮はそこを通りかかると、急にこの玄象道人に、男が昨今どうしているか、占って貰おうと云う気になった。
玄象道人は頭を剃った、恰幅の好い老人だった。が、金歯を嵌めていたり、巻煙草をすぱすぱやる所は、一向道人らしくもない、下品な風采を具えていた。お蓮はこの老人の前に、彼女には去年行方知れずになった親戚のものが一人ある、その行方を占って頂きたいと云った。
玄象道人はじろりとお蓮を見ると、二三度下びた笑い声を出した。
案内に応じて通されたのは、日当りの好い座敷だった。その上主人が風流なのか、支那の書棚だの蘭の鉢だの、煎茶家めいた装飾があるのも、居心の好い空気をつくっていた。
すると老人は座敷の隅から、早速二人のまん中へ、紫檀の小机を持ち出した。そうしてその机の上へ、恭しそうに青磁の香炉や金襴の袋を並べ立てた。
お蓮は男の年を答えた。
「私の占いは擲銭卜と云います。擲銭卜は昔漢の京房が、始めて筮に代えて行ったとある。御承知でもあろうが、筮と云う物は、一爻に三変の次第があり、一卦に十八変の法があるから、容易に吉凶を判じ難い。そこはこの擲銭卜の長所でな、……」
「御生れ年も御存知かな? いや、よろしい、卯の一白になります。」
「ははあ、まだ御若いな、御若い内はとかく間違いが起りたがる。手前のような老爺になっては、――」
「その御親戚は御幾つですな?」
そう云う内に香炉からは、道人の燻べた香の煙が、明い座敷の中に上り始めた。