疑惑在线阅读

疑惑

Txt下载

移动设备扫码阅读

中村玄道なかむらげんどうはこう語り終ると、しばらくじっと私の顔を見つめていたが、やがて口もとに無理な微笑を浮べながら、

「その以後の事は申し上げるまでもございますまい。が、ただ一つ御耳に入れて置きたいのは、当日限り私は狂人と云う名前を負わされて、憐むべき余生よせいを送らなければならなくなった事でございます。果して私が狂人かどうか、そのような事は一切先生の御判断に御任おまかせ致しましょう。しかしたとい狂人でございましても、私を狂人に致したものは、やはり我々人間の心の底に潜んでいる怪物のせいではございますまいか。その怪物が居ります限り、今日きょう私を狂人と嘲笑あざわらっている連中でさえ、明日あすはまた私と同様な狂人にならないものでもございません。――とまあ私は考えてるのでございますが、いかがなものでございましょう。」

ランプは相不変あいかわらず私とこの無気味ぶきみな客との間に、春寒い焔を動かしていた。私は楊柳観音ようりゅうかんのんうしろにしたまま、相手の指の一本ないのさえ問いただして見る気力もなく、黙然もくねんと坐っているよりほかはなかった。

(大正八年六月)

4.14%