五
ニイスにいる彼の妹さんから久しぶりに手紙の来たためであろう。僕はつい二三日前の夜、夢の中に彼と話していた。それはどう考えても、初対面の時に違いなかった。カミンも赤あかと火を動かしていれば、そのまた火かげも桃花心木のテエブルや椅子に映っていた。僕は妙に疲労しながら、当然僕等の間に起る愛蘭土の作家たちの話をしていた。しかし僕にのしかかって来る眠気と闘うのは容易ではなかった。僕は覚束ない意識の中にこう云う彼の言葉を聞いたりした。
「I detest Bernard Shaw.」
しかし僕は腰かけたまま、いつかうとうと眠ってしまった。すると、――おのずから目を醒ました。夜はまだ明け切らずにいるのであろう。風呂敷に包んだ電燈は薄暗い光を落している。僕は床の上に腹這いになり、妙な興奮を鎮めるために「敷島」に一本火をつけて見た。が、夢の中に眠った僕が現在に目を醒ましているのはどうも無気味でならなかった。
(大正十五年十一月二十九日)