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彼の死んだ知らせを聞いたのはちょうど翌年よくとしの旧正月だった。なんでものちに聞いた話によれば病院の医者や看護婦たちは旧正月をいわうために夜更よふけまで歌留多かるた会をつづけていた。彼はそのさわぎに眠られないのをいかり、ベッドの上に横たわったまま、おお声に彼等をしかりつけた、と同時に大喀血だいかっけつをし、すぐに死んだとか云うことだった。僕は黒いわくのついた一枚の葉書を眺めた時、悲しさよりもむしろはかなさを感じた。

「なおまた故人の所持したる書籍は遺骸と共に焼き棄て候えども、万一貴下より御貸与ごたいよの書籍もそのうちにまじり居り候せつ不悪あしからず御赦おゆるし下されたくそうろう。」

Kは僕を疑うようにじっと僕の顔を眺めていた。

僕はちょっと逡巡しゅんじゅんした。するとKは打ち切るように彼自身の問に返事をした。

それから五六日たったのち、僕は偶然落ち合ったKと彼のことを話し合った。Kは不相変あいかわらず冷然としていたのみならず、巻煙草をくわえたまま、こんなことを僕に尋ねたりした。

これはその葉書の隅に肉筆で書いてある文句だった。僕はこう云う文句を読み、何冊かの本がほのおになって立ち昇る有様を想像した。勿論それ等の本の中にはいつか僕が彼に貸したジァン・クリストフの第一巻もまじっているのに違いなかった。この事実は当時の感傷的な僕には妙に象徴しょうちょうらしい気のするものだった。

「Xは女を知っていたかしら?」

「少くとも僕はそんな気がするね。」

「まあ、それはどうでもい。……しかしXが死んで見ると、何か君は勝利者らしい心もちも起って来はしないか?」

「さあ、どうだか……」

僕はそれ以来Kに会うことに多少の不安を感ずるようになった。

(大正十五年十一月十三日)

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