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犬と笛

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それから髪長彦かみながひこは、二人の御姫様と三匹の犬とをひきつれて、黒犬の背に跨がりながら、笠置山かさぎやまの頂から、飛鳥あすか大臣様おおおみさまの御出になる都の方へまっすぐに、空を飛んでまいりました。その途中で二人の御姫様は、どう御思いになったのか、御自分たちの金の櫛と銀の櫛とをぬきとって、それを髪長彦の長い髪へそっとさして御置きになりました。が、こっちは元よりそんな事には、気がつく筈がありません。ただ、一生懸命に黒犬を急がせながら、美しい大和やまと国原くにはらを足の下に見下して、ずんずん空を飛んで行きました。

その中に髪長彦は、あの始めに通りかかった、三つまたの路の空まで、犬を進めて来ましたが、見るとそこにはさっきの二人の侍が、どこからかの帰りと見えて、また馬を並べながら、都の方へ急いでいます。これを見ると、髪長彦は、ふと自分の大手柄を、この二人の侍たちにも聞かせたいと云う心もちが起って来たものですから、

髪長彦は驚いて、すぐに二人へとびかかりましたが、もうその時には大風が吹き起って、侍たちを乗せた黒犬は、きりりと尾をいたまま、遥な青空の上の方へ舞い上って行ってしまいました。

髪長彦は犬の背中を下りると、叮嚀にまたおじぎをして、

それと同時にまた笠置山かさぎやまの方からも、さっと風が渡るや否や、やはりその風の中にも声があって、

そうしてその声が一つになって、

すると生駒山いこまやまの峰の方から、さっと風が吹いて来たと思いますと、その風の中に声がして、

しかし二人の侍は、こんな卑しい木樵きこりなどに、まんまと鼻をあかされたのですから、うらやましいのと、ねたましいのとで、腹が立って仕方がありません。そこで上辺うわべはさも嬉しそうに、いろいろ髪長彦の手柄をめ立てながら、とうとう三匹の犬の由来や、腰にさした笛の不思議などをすっかり聞き出してしまいました。そうして髪長彦の油断をしている中に、まず大事な笛をそっと腰からぬいてしまうと、二人はいきなり黒犬の背中へとび乗って、二人の御姫様と二匹の犬とを、しっかりと両脇に抱えながら、

こっちは二人の侍です。折角方々探しまわったのに、御姫様たちの御行方がどうしても知れないので、しおしお馬を進めていると、いきなりその御姫様たちが、女のような木樵きこりと一しょに、たくましい黒犬に跨って、空から舞い下って来たのですから、その驚きと云ったらありません。

が、少したつとその風は、またこの三つまたになった路の上へ、前のようにやさしく囁きながら、高い空からおろして来ました。

あとにはただ、侍たちの乗りすてた二匹の馬が残っているばかりですから、髪長彦は三つ叉になった往来のまん中につっぷして、しばらくはただ悲しそうにおいおい泣いておりました。

「髪長彦さん。髪長彦さん。わたしは笠置山の笠姫かさひめです。」と、これもやさしく囁きました。

「髪長彦さん。髪長彦さん。わたしは生駒山の駒姫こまひめです。」と、やさしいささやきが聞えました。

「飛べ。飛べ。飛鳥あすか大臣様おおおみさまのいらっしゃる、都の方へ飛んで行け。」と、声を揃えてわめきました。

「殿様、わたくしはあなた方に御別れ申してから、すぐに生駒山いこまやま笠置山かさぎやまとへ飛んで行って、このとおり御二方の御姫様を御助け申してまいりました。」と云いました。

「下りろ。下りろ。あの三つまたになっている路の上へ下りて行け。」と、こう黒犬に云いつけました。

「これからすぐにわたしたちは、あの侍たちのあとを追って、笛をとり返して上げますから、少しも御心配なさいますな。」と云うか云わないうちに、風はびゅうびゅう唸りながら、さっき黒犬の飛んで行った方へ、狂って行ってしまいました。

「あの二人の侍たちは、もう御二方の御姫様と一しょに、飛鳥あすか大臣様おおおみさまの前へ出て、いろいろ御褒美ごほうびを頂いています。さあ、さあ、早くこの笛を吹いて、三匹の犬をここへ御呼びなさい。そのあいだに私たちは、あなたが御出世の旅立を、恥しくないようにして上げましょう。」

こう云う声がしたかと思うと、あの大事な笛を始め、金のよろいだの、銀のかぶとだの、孔雀くじゃくの羽の矢だの、香木こうぼくの弓だの、立派な大将の装いが、まるで雨かあられのように、まぶしく日に輝きながら、ばらばら眼の前へ降って来ました。

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