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犬と笛

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さて笠置山かさぎやまへ着きますと、ここにいる土蜘蛛つちぐもはいたって悪知慧わるぢえのあるやつでしたから、髪長彦かみながひこの姿を見るが早いか、わざとにこにこ笑いながら、洞穴ほらあなの前まで迎えに出て、

「これは、これは、髪長彦さん。遠方御苦労でございました。まあ、こっちへおはいりなさい。ろくなものはありませんが、せめて鹿の生胆いきぎもか熊の孕子はらみごでも御馳走ごちそうしましょう。」と云いました。

所がまた不思議な事には、それと同時に谷底から、一陣の風が吹き起って、

それが人一人通れるくらい、大きな口をあいた時です。髪長彦は急に笛をやめて、

それが人の来た容子ようすに驚いて、急いでこちらを御覧になりましたが、御姉様おあねえさまの御顔を一目見たと思うと、

そこで髪長彦は、御姉様の御姫様と三匹の犬とをつれて、洞穴の中へはいりますと、成程ここにも銀のくしをさした、可愛らしい御姫様が、悲しそうにしくしく泣いています。

すると土蜘蛛は、一ちぢみにちぢみ上って、

するとその音色ねいろの面白さには、悪者の土蜘蛛も、追々おいおい我を忘れたのでしょう。始は洞穴の入口に耳をつけて、じっと聞き澄ましていましたが、とうとうしまいには夢中になって、一寸二寸と大岩を、少しずつわきへ開きはじめました。

しかし髪長彦は首をふって、

これにはさすがの髪長彦も、さては一ぱい食わされたかと、一時は口惜しがりましたが、幸い思い出したのは、腰にさしていた笛の事です。この笛を吹きさえすれば、鳥獣とりけものは云うまでもなく、草木くさきもうっとり聞きれるのですから、あの狡猾こうかつな土蜘蛛も、心を動かさないとは限りません。そこで髪長彦は勇気をとり直して、吠えたける犬をなだめながら、一心不乱に笛を吹き出しました。

この声に胆をつぶして、一目散に土蜘蛛は、逃げ出そうとしましたが、もうその時は間に合いません。「噛め」はまるでいなずまのように、洞穴の外へ飛び出して、何の苦もなく土蜘蛛を噛み殺してしまいました。

「憎いやつだ。わん。わん。」

「御姉様。」

「妹。」と、二人の御姫様は一度に両方から駈けよって、暫くは互にき合ったまま、うれし涙にくれていらっしゃいました。髪長彦もこの気色けしきを見て、貰い泣きをしていましたが、急に三匹の犬が背中の毛を逆立さかだてて、

「噛め。噛め。洞穴の入口に立っている土蜘蛛を噛み殺せ。」と、斑犬ぶちいぬの背中をたたいて、云いつけました。

「わん。わん。わん。覚えていろ。わん。わん。わん。」と、気の違ったように吠え出しましたから、ふと気がついてふり返えると、あの狡猾こうかつな土蜘蛛は、いつどうしたのか、大きな岩で、一分のすきもないように、外から洞穴の入口をぴったりふさいでしまいました。おまけにその岩の向うでは、

「わん。わん。土蜘蛛つちぐもの畜生め。」

「ざまを見ろ、髪長彦め。こうして置けば、貴様たちは、一月とたたない中に、ひぼしになって死んでしまうぞ。何と己様おれさまの計略は、恐れ入ったものだろう。」と、手をたたいて土蜘蛛の笑う声がしています。

「いや、いや、おれはお前がさらって来た御姫様をとり返しにやって来たのだ。早く御姫様を返せばよし、さもなければあの食蜃人しょくしんじん同様、殺してしまうからそう思え。」と、恐しい勢いで叱りつけました。

「ああ、御返し申しますとも、何であなたの仰有おっしゃる事に、いやだなどと申しましょう。御姫様はこの奥にちゃんと、独りでいらっしゃいます。どうか御遠慮なく中へはいって、御つれになって下さいまし。」と、声をふるわせながら云いました。

「髪長彦さん。難有ありがとう。この御恩は忘れません。わたしは土蜘蛛にいじめられていた、笠置山かさぎやま笠姫かさひめです。」とやさしい声が聞えました。

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