「いけないねえ。ああ始終苦しくっちゃ、――」
賢造はお絹にそう云ったぎり、すぐに隣りへはいって行った。
洋一は横から
洋一は叔母には答えずに、E・C・Cを
洋一はお絹がそう云うと同時に、
洋一はいやな顔をして、自分も
枕もとに独り坐っていた父は
慎太郎は口を
慎太郎がこう云いかけると、いつか
彼は吸いさしの煙草を捨てると、無言のまま立ち上った。そうして看護婦を押しのけるように、ずかずか隣の座敷へはいって行った。
彼が茶の間から出て行くと、
叔母は答を促すように、微笑した眼を洋一へ向けた。
叔母は
今度は慎太郎が返事せずに、
二人がこんな話をしている
三人はしばらく黙っていた。するとそのひっそりした中に、板の
そこへお絹が襖の陰から、そっと病人のような顔を出した。
お絹は襟に
お絹はちょいと舌打ちをしながら、浅川の叔母と顔を見合せた。
「熱は?」
「戸沢さんは大丈夫だって云ったの?」
「戸沢さんがいた時より、また
「慎ちゃん。さっきお前が帰って来た時、お母さんは何とか云ったかえ?」
「慎ちゃん。お母さんが呼んでいるとさ。」と火鉢越しに彼へ声をかけた。
「怪しいな。戸沢さんの云う事じゃ――」
「店に御出でだよ。何か用かえ?」
「嫌いだってやらなけりゃ、――」
「受験準備はしているかい?」
「僕は兄さんのように受験向きな人間じゃないんだからな。数学は大嫌いだし、――」
「僕がそう云って来る。」
「何とも云いませんでした。」
「何ですか、――多分
「今お前の
「今
「二三日は間違いあるまいって云った。」
「やっぱり薬が通らなくってね。――でも今度の看護婦になってからは、年をとっているだけでも気丈夫ですわ。」
「また歌ばかり作っているんだろう。」
「どうだえ?」
「でも笑ったね。」
「しょうがないわね。
「している。――だけど
「この節の女中はね。――私の所なんぞも女中はいるだけ、
「こっちへ御出で。何かお母さんが用があるって云うから。」
「お父さんはいなくって?」
「ええ、お母さんが、ちょいと、――」
「うん、――それよりもお母さんの側へ行くと、
「ありゃさっきお絹ちゃんが、持って来た
「何か用?」
母は
「ああ、洋一がね、どうも勉強をしないようだからね、――お前からもよくそう云ってね、――お前の云う事は聞く子だから、――」
「ええ、よく云って置きます。実は今もその話をしていたんです。」
慎太郎はいつもよりも大きい声で返事をした。
「そうかい。じゃ忘れないでね、――私も
母は腹痛をこらえながら、
「
慎太郎は今になってさえ、そんな事を頼みにしている母が、
「癒りますとも。大丈夫癒りますからね、よく薬を飲むんですよ。」
母はかすかに
「じゃただ今一つ召し上って御覧なさいまし。」
枕もとに来ていた看護婦は器用にお律の
「
「今度はおさまったようでございます。」
看護婦と慎太郎とは、親しみのある視線を交換した。
「薬がおさまるようになれば、もうしめたものだ。だがちっとは長びくだろうし、
賢造の冗談をきっかけに、慎太郎は膝をついたまま、そっと母の側を引き
「
彼はさすがにぎょっとして、救いを請うように父の方を見た。
「演説なんぞありゃしないよ。どこにもそんな物はないんだからね、今夜はゆっくり寝た方が好いよ。」
賢造はお律をなだめると同時に、ちらりと慎太郎の方へ眼くばせをした。慎太郎は早速膝を
茶の間にはやはり姉や洋一が、叔母とひそひそ話していた。それが彼の姿を見ると、皆一度に顔を挙げながら、何か病室の
「何の用だって?」
まっさきに沈黙を破ったのは、今も襟に
「何でもなかった。」
「じゃきっとお母さんは、慎ちゃんの顔がただ見たかったのよ。」
慎太郎は姉の言葉の中に、意地の悪い調子を感じた。が、ちょいと苦笑したぎり、何ともそれには答えなかった。
「洋ちゃん。お前今夜
しばらく無言が続いた後、浅川の叔母は
「ええ、――姉さんも今夜はするって云うから、――」
「慎ちゃんは?」
お絹は薄い
「僕はどうでも好い。」
「
「この人はお前、疲れているじゃないか?」
叔母ば半ばたしなめるように、
「今夜は一番さきへ寝かした方が好いやね。何も夜伽ぎをするからって、今夜に限った事じゃあるまいし、――」
「じゃ一番さきに寝るかな。」
慎太郎はまた弟のE・C・Cに火をつけた。