老いたる素戔嗚尊在线阅读

老いたる素戔嗚尊

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翌朝もう朝日の光が、海一ぱいに当つてゐる頃であつた。まだ寝の足りない素戔嗚はまぶしさうに眉をひそめながら、のそのそ宮の戸口へ出かけて来た。すると其処の階段きざはしの上には、驚くまい事か、葦原醜男が、須世理姫と一しよに腰をかけて、何事か嬉しさうに話し合つてゐた。

二人も素戔嗚の姿を見ると、吃驚びつくりしたらしい容子であつた。が、すぐに葦原醜男は不相変あひかはらず快活に身を起して、一筋の丹塗矢にぬりやをさし出しながら、

須世理姫の眼の中には、涙と笑とが刹那せつなの間、同時に動いたやうであつた。

葦原醜男はちよいと言葉を切つて、彼の話に聞き入つてゐる親子の顔へ微笑を送つた。

葦原醜男と須世理姫とは、仕方なく彼の後について、朝日の光のさしこんでゐる、大広間の白いとばりをくぐつた。

素戔嗚は広間のまん中に、不機嫌らしい大あぐらを組むと、みづらに結んだ髪を解いて、無造作に床の上に垂らした。素枯すがれた蘆の色をした髪は、殆ど川のやうに長かつた。

素戔嗚はまだ驚きが止まなかつた。しかしその中にも何となく、無事な若者の顔を見るのが、よろこばしいやうな心もちもした。

素戔嗚はこの話を聞いてゐる内に、だんだん又この幸運な若者を憎む心が動いて来た。のみならず、一度殺さうと思つた以上、どうしてもその目的を遂げない中は、昔から挫折した覚えのない意力の誇りが満足しなかつた。

「幸ひ矢も見つかりました。」と云つた。

「よく怪我をしなかつたな?」

「まあ、野鼠でよろしうございました。それがまむしででもございましたら……」

「そこでもう今度は焼け死ぬに違ひないと、覚悟をきめた時でした。走つてゐる内にどうしたはずみか、急に足もとの土が崩れると、大きな穴の中へ落ちこんだのです。穴の中は最初まつ暗でしたが、ふちの枯草が燃えるやうになると、忽ち底まで明くなりました。見ると私のまはりには、何百匹とも知れない野鼠が、土の色も見えない程ひしめき合つてゐるのです……。」

「さうか。それは運が好かつたな。が、運と云ふものは、何時いつ風向きが変るかわからないものだ。……が、そんな事はどうでも好い。兎に角命が助つたのなら、おれと一しよにこちらへ来て、頭のしらみをとつてくれい。」

「おれの虱はちと手強てごはいぞ。」

「ええ。全く偶然助かりました。あの火事が燃えて来たのは、丁度私がこの丹塗矢を拾ひ上げた時だつたのです。私は煙の中をくぐりながら、兎も角火のつかない方へ、一生懸命に逃げて行きましたが、いくらあせつて見た所が、到底西風にあふられる火よりも早くは走られません。……」

「いや、野鼠でも莫迦ばかにはなりません。この丹塗矢の羽根のないのは、その時みんな食はれたのです。が、仕合せと火事は何事もなく、穴の外を焼き通つてしまひました。」

かう云ふ彼の言葉を聞き流しながら、葦原醜男はその白髪を分けて、見つけ次第虱をひねらうとした。が、髪の根にうごめいてゐるのは、小さな虱と思ひの外、毒々しい、銅色あかがねいろの、大きな百足むかでばかりであつた。

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