老いたる素戔嗚尊在线阅读

老いたる素戔嗚尊

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翌朝素戔嗚は何時いつもの通り、岩の多い海へ泳ぎに行つた。すると其処へ葦原醜男あしはらしこをが、意外にも彼の後を追つて、勢よく宮の方から下つて来た。

彼は素戔嗚の姿を見ると、愉快さうな微笑を浮べながら、

須世理姫はためらつた。

葦原醜男はもう一度、無理に彼女を抱きよせようとした。が、彼女は彼を突きのけると急に海草の上から身を起して、

葦原醜男はかう答へながら、足もとに落ちてゐた岩のかけを拾つて、力一ぱい海の上へ抛り投げた。岩は長い弧線を描いて、雲の赤い空へ飛んで行つた。さうして素戔嗚が投げたにしても、届くまいと思はれる程、遠い沖の波の中に落ちた。

素戔嗚は岩角にたたずんだ儘、迂散うさんらしく相手の顔を見やつた。実際この元気の好い若者がどうして室の蜂に殺されなかつたか? それは全然彼自身の推測を超越してゐたのであつた。

素戔嗚は唇を噛みながら、ぢつとその岩の行く方を見つめてゐた。

傍にゐた須世理姫は、この怪しい親切を辞せしむべく、そつと葦原醜男の方へ、意味ありげなまたたきを送つて見せた。が、彼は丁度その時、さらの魚に箸をつけてゐたせゐか、彼女の相図には気もつかずに、

二人が海から帰つて来て、朝餉あさげの膳に向つた時、素戔嗚は苦い顔をして、鹿の片腿かたももかじりながら、彼と向ひ合つた葦原醜男に、

しかし葦原醜男は笑ひながら、子供のやうに首を振つて見せた。

しかし幸ひ午後になると、素戔嗚が昼寝をしてゐる暇に、二人の恋人は宮を抜け出て独木舟まるきぶねつないである、寂しい海辺の岩の間に、慌しい幸福をぬすむ事が出来た。須世理姫は香りの好い海草の上に横はりながら、暫くは唯夢のやうに、葦原醜男の顔を仰いでゐたが、やがて彼の腕を引き離すと、

「御父様が呼んでゐます。」と、気づかはしさうな声を出した。さうして咄嗟とつさに岩の間を、若い鹿より身軽さうに、宮の方へ上つて行つた。

「御早うございます。」と、会釈をした。

「今夜も此処に御泊りなすつては、あなたの御命が危うございます。私の事なぞは御かまひなく、一刻も早く御逃げ下さいまし。」と、心配さうに促し立てた。

「どうだな、昨夕ゆうべはよく眠られたかな?」

「ではすぐにも私と一しよに、この島を逃げてくれますか?」

「それでもあなたの御体に、万一の事でもあつた日には――」

「さもなければ私は何時までも、此処にゐる覚悟をきめてゐます。」

「この宮が気に入つたら、何日でも泊つて行くが好い。」と云つた。

「ええ、御かげでよく眠られました。」

「あなたが此処にゐる間は、殺されても此処を去らない心算つもりです。」

難有ありがたうございます。ではもう二三日、御厄介になりませうか。」と、嬉しさうな返事をしてしまつた。

後に残つた葦原醜男は、まだ微笑を浮べながら、須世理姫の姿を見送つた。と、彼女の寝てゐた所には、昨夕ゆうべ彼が貰つたやうな、領巾ひれがもう一枚落ちてゐた。

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