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さん

 岡田は虞初新誌ぐしょしんしが好きで、中にも大鉄椎伝だいてっついでんは全文を諳誦あんしょうすることが出来る程であった。それで余程前から武芸がして見たいと云う願望がんもうを持っていたが、つい機会が無かったので、何にも手を出さずにいた。近年競漕をし始めてから、熱心になり、仲間に推されて選手になる程の進歩をしたのは、岡田のこの一面の意志が発展したのであった。

同じ虞初新誌のうちに、今一つ岡田の好きな文章がある。それは小青伝であった。その伝に書いてある女、新しい詞で形容すれば、死の天使をしきいの外に待たせて置いて、しずかに脂粉のよそおいこらすとでも云うような、美しさを性命にしているあの女が、どんなにか岡田の同情を動かしたであろう。女と云うものは岡田のためには、只美しい物、愛すべき物であって、どんな境遇にも安んじて、その美しさ、愛らしさを護持していなくてはならぬように感ぜられた。それには平生香奩体こうれんたいの詩を読んだり、sentimentalサンチマンタル な、fatalistiqueファタリスチック明清みんしん所謂いわゆる才人の文章を読んだりして、知らずらずの間にその影響を受けていた為めもあるだろう。

岡田は窓の女に会釈をするようになってから余程久しくなっても、その女の身の上を探って見ようともしなかった。無論家の様子や、女の身なりで、囲物かこいものだろうとは察した。しかし別段それを不快にも思わない。名も知らぬが、強いて知ろうともしない。標札を見たら、名が分かるだろうと思ったこともあるが、窓に女のいる時は女に遠慮をする。そうでない時は近処の人や、往来の人の人目をはばかる。とうとうひさしかげになっている小さい木札に、どんな字が書いてあるか見ずにいたのである。

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