アグニの神在线阅读

アグニの神

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その内に部屋の中からは、誰かのわっと叫ぶ声が、突然暗やみに響きました。それから人が床の上へ、倒れる音も聞えたようです。遠藤は殆ど気違いのように、妙子の名前を呼びかけながら、全身の力を肩に集めて、何度も入口の戸へぶつかりました。

板の裂ける音、錠のはね飛ぶ音、――戸はとうとう破れました。しかし肝腎かんじんの部屋の中は、まだ香炉に蒼白い火がめらめら燃えているばかり、人気ひとけのないようにしんとしています。

遠藤は椅子へ行くと、妙子の耳もとへ口をつけて、一生懸命に叫び立てました。が、妙子は眼をつぶったなり、何とも口を開きません。

遠藤は婆さんの屍骸しがいから、妙子の顔へ眼をやりました。今夜の計略が失敗したことが、――しかしその為に婆さんも死ねば、妙子も無事に取り返せたことが、――運命の力の不思議なことが、やっと遠藤にもわかったのは、この瞬間だったのです。

遠藤はもどかしそうに、椅子から妙子を抱き起しました。

遠藤はもう一度、部屋の中を見廻しました。机の上にはさっきの通り、魔法の書物が開いてある、――その下へ仰向あおむきに倒れているのは、あの印度人の婆さんです。婆さんは意外にも自分の胸へ、自分のナイフを突き立てたまま、血だまりの中に死んでいました。

遠藤はその光を便りに、ず怯ずあたりを見廻しました。

妙子は遠藤を見上げながら、美しい眉をひそめました。

妙子は遠藤の胸にもたれながら、つぶやくようにこう言いました。

妙子はやっと夢がさめたように、かすかな眼を開きました。

妙子はまだ夢現ゆめうつつのように、弱々しい声を出しました。

するとすぐに眼にはいったのは、やはりじっと椅子にかけた、死人のような妙子です。それが何故なぜか遠藤には、かしら毫光ごこうでもかかっているように、おごそかな感じを起させました。

「遠藤さん?」

「計略は駄目だったわ。とても私は逃げられなくってよ」

「計略は駄目だったわ。つい私が眠ってしまったものだから、――堪忍かんにんして頂戴よ」

「計略が露顕したのは、あなたのせいじゃありませんよ。あなたは私と約束した通り、アグニの神のかかった真似まねをやりおおせたじゃありませんか?――そんなことはどうでもいことです。さあ、早く御逃げなさい」

「私が殺したのじゃありません。あの婆さんを殺したのは今夜ここへ来たアグニの神です」

「私、ちっとも知らなかったわ。お婆さんは遠藤さんが――あなたが殺してしまったの?」

「死んでいます」

「御嬢さん。しっかりおしなさい。遠藤です」

「御嬢さん、御嬢さん」

「だってお婆さんがいるでしょう?」

「そんなことがあるものですか。私と一しょにいらっしゃい。今度しくじったら大変です」

「そうです。遠藤です。もう大丈夫ですから、御安心なさい。さあ、早く逃げましょう」

「お婆さん?」

「お婆さんはどうして?」

「あら、うそ。私は眠ってしまったのですもの。どんなことを言ったか、知りはしないわ」

遠藤は妙子をかかえたまま、おごそかにこうささやきました。

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