アグニの神在线阅读

アグニの神

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支那シナ上海シャンハイある町です。昼でも薄暗い或家の二階に、人相の悪い印度インド人の婆さんが一人、商人らしい一人の亜米利加アメリカ人と何かしきりに話し合っていました。

「実は今度もお婆さんに、占いを頼みに来たのだがね、――」

恵蓮はいくらしかられても、じっと俯向うつむいたまま黙っていました。

恵蓮はいよいよ色を失って、もう一度婆さんの顔を見上げました。

婆さんは眼をいからせながら、そこにあったほうきをふり上げました。

婆さんは三百弗の小切手を見ると、急に愛想あいそがよくなりました。

婆さんはあざけるように、じろりと相手の顔を見ました。

女の子はまっ黒な婆さんの顔へ、悲しそうな眼をげました。

印度人の婆さんは、得意そうに胸をらせました。

印度人の婆さんは、おどすように指を挙げました。

亜米利加人は煙草をくわえたなり、狡猾こうかつそうな微笑を浮べました。

亜米利加人は惜しげもなく、三百ドルの小切手を一枚、婆さんの前へ投げてやりました。

亜米利加人はそう言いながら、新しい巻煙草まきたばこへ火をつけました。

亜米利加人が帰ってしまうと、婆さんは次のの戸口へ行って、

その声に応じて出て来たのは、美しい支那人の女の子です。が、何か苦労でもあるのか、この女の子のしもぶくれのほおは、まるでろうのような色をしていました。

こう言いかけた婆さんは、急に顔をしかめました。ふと相手に気がついて見ると、恵蓮はいつか窓際まどぎわに行って、丁度明いていた硝子ガラス窓から、寂しい往来をながめているのです。

「私の占いは五十年来、一度もはずれたことはないのですよ。何しろ私のはアグニの神が、御自身御告げをなさるのですからね」

「差当りこれだけ取って置くさ。もしお婆さんの占いが当れば、その時は別に御礼をするから、――」

「又お前がこの間のように、私に世話ばかり焼かせると、今度こそお前の命はないよ。お前なんぞは殺そうと思えば、ひよくびを絞めるより――」

「占いですか? 占いは当分見ないことにしましたよ」

「何を見ているんだえ?」

「何を愚図々々ぐずぐずしているんだえ? ほんとうにお前位、ずうずうしい女はありゃしないよ。きっと又台所で居睡いねむりか何かしていたんだろう?」

「今夜の十二時。いかえ? 忘れちゃいけないよ」

「今夜ですか?」

「一体日米戦争はいつあるかということなんだ。それさえちゃんとわかっていれば、我々商人はたちまちの内に、大金儲おおがねもうけが出来るからね」

「よし、よし、そう私を莫迦ばかにするんなら、まだお前は痛い目に会い足りないんだろう」

「よくお聞きよ。今夜は久しぶりにアグニの神へ、御伺いを立てるんだからね、そのつもりでいるんだよ」

「そりゃ勿論もちろん御礼をするよ」

「そうか。じゃ間違いのないように、――」

「じゃ明日あしたいらっしゃい。それまでに占って置いて上げますから」

「こんなに沢山頂いては、かえって御気の毒ですね。――そうして一体又あなたは、何を占ってくれろとおっしゃるんです?」

「この頃は折角見て上げても、御礼さえろくにしない人が、多くなって来ましたからね」

わたしが見てもらいたいのは、――」

恵蓮えれん。恵蓮」と呼び立てました。

丁度その途端です。誰か外へ来たと見えて、戸をたたく音が、突然荒々しく聞え始めました。

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